京都は四季折々で楽しめますので、いつも観光客さんで賑わっています。外国からのお客さんは年々増えてるとも聞きますし、京都は観光で人気の都市です。
ですがネット上では、京都観光は好きやけど京都人は苦手で嫌いとか。京都人は本音と建前が違う、いけずで腹黒い、陰湿で持って回った回りくどい言い方をするなど、えらい書かれ方してるのも見ます。
京都人が嫌われる理由?本音をいわないのは理由があ
京都人が嫌われる理由の本音をいわないというのは、長い歴史において幾度も権力者が交代する中で自分の意見を極力言わず上に逆らわず、と生きていくための術として培われた知恵が代々親から伝えられたもの。
角は立てないけど、本音もチラリと見せる京都独自の会話術が生まれ培ってきた。「京ことば」には京都人の「本音と建前」を使い分ける暮らしの知恵が息づいているというものなんです。
が、京都の人が皆が皆そうとは限りません。言いたいことをはっきり言える人はもちろんいますし、持って回った言い方が嫌いな京都人もいます。
ネットで書かれてた文言を抜粋しました。
京都人は「東京都なんてひがし京都や!」と豪語します。そして天皇はんは江戸に長期旅行に行ってるだけで、遷都した覚えはないそうです。
ちなみに戦災も受けてないので「先の大戦」といえば応仁の乱を指し、話が全く噛み合いません。
エターナル総書記さん @kelog21より引用
京都人は今でも首都は「京都」と思っている?
現在日本の首都は「東京」ですが、江戸時代までの首都の決め方は、歴代の天皇さんがその在位中に決めるものとされていました。
天皇さんが元の都(首都)から離れるときには、「御布令」を出して、新しい場所を首都とするのが慣例とされていました。
ところが、明治天皇さんは京都を離れるとき「少しの期間だけ、東京に行く。」と言う意味のお言葉を残して「御布令」を出さずに京都を離れていかはったとか。
当時の京都人は、いつ天皇さんが京都にお帰りにならはるんかと待った人々も居たそうで、この時から京都人は首都が代わったという意識はなく、天皇さんのお留守を守るという意識が生まれたと言われています。
京都御苑を変わらず「御所」と呼んで親しみ、外交や観光の場としても、また街中であっても緑が多い場所は、京都人の憩いの場として今も大切に利用されています。
京都人が嫌われる理由?性格がいけずな人が多い?
仄聞するに、京都市内から南郊に来ると酷い都落ち感があるらしい。友人に住所教えられないとか、ひどい場合はそれで結婚生活が破綻するとも。(どちらかの出身が京都市内だと、こんな田舎に住まわされてと泣いたり怒ったりする)。
ねこじたさん @nekojita60より引用
ひどい場合はそれで結婚生活が破綻!?
私は京都市南郊の伏見区出身ですが、結婚生活が破綻やなんて聞いたことがありません。京都市内の人からすれば、伏見は京都やないと思てる人も居るかも知れへんけど、それを面と向かって言われたことはありません。(心の中で思わはるのはその人の勝手やし…)
私は下京区に住んでた事もありますが、下京区はいわゆる洛中といわれる地区で、何代も住み続けている地元民が大半のところです。
住み始めた頃は近所の人から「何処のなにもん?」的な感覚は正直ありました。挨拶したら返してくれるけど、それ以上の会話はありません。(けどこれは別に京都に限らずや思います。)
ちょっと慣れてきたら「どこからきやはったん?」と聞かれて、「伏見区出身です~」というと 「へぇ~~そうどすかぁ」…それ以上はなにも聞かれません(笑)
京都人は、回りくどい持って回った言い方をするといわれますが、京都人やからって、いっつも回りくどい言い方をすると考えてほしくはないです。
また、京都=ぶぶ漬け…と思ってる人もいますが、私は京都で生まれて京都市内に住んでいましたが、かの有名な?「ぶぶ漬け伝説」にも出くわしたことはないです。
京都人が嫌われる理由?話すことばには裏表がある?
京都人が話すことばには裏表があると言われるけど、正直いわれてる意味がわかりません。京都人は腹黒いとか、裏表があるとか、腹ん中で何考えてるのか分からんとか実際言われたことはあります。結構ひどい言われようやと思いません?
これは、今現在住んでいる唐津へ移り住んだ当初(約30年前)のこと。夫婦で居酒屋を開業し来てくれたお客さんから言われた事です。
当初は九州弁(唐津弁)は全く分からへんし、京都弁しか喋れへん私を気取ってるとか、そんな風に思われて言われたんかなぁ?と思っていました。
京都の人は、腹黒いんやろ~?とか、裏表があるんやろ~?とか、腹ん中で何考えてるんか分からんとか、お顔は笑いながらズバズバとえげつない言い方されました(泣)
悪気がないといえばそうなんかも知れませんが、来たばっかりで環境も違う右も左も分からん、唐津人の人間性もわからん状態でそないにいわれて、唐津の第一印象めっちゃ悪かったです。
いきなり、京都人は『腹黒い』『裏表がある』『陰湿』とか言われても意味がわかりません。そういうもんやと思って育ってきてるのに、何が悪いん?そんなん普通やし!分かるわけないやん。
腹黒い?(本心見せたくないだけです。)
裏表がある?(ほんまのこと言うたら喧嘩になりますやん。)
陰湿?(てなんのこと?)
何よりも、もうええかげんにしてほしいて思たんは、例の「ぶぶ漬け伝説」。「ぶぶ漬け出されたら帰れの意味でしょ?」と、ほんまこれはよう聞かれました。実際こっちの人らは、ぶぶ漬けの意味も知らんで言うたはったので、正直「ああうっとうしい」て心の中で思っていました。(–;)
「ぶぶ漬けでもどうどすか~?」
・「ぶぶ漬け」は上方落語の一演目のネタであること
・ネタは「早く帰ってほしいから、あえてもてなす」ことを逆手に取ったネタ
・「早く帰ってほしい=ぶぶ漬けを出す」という習慣は京都にない
(「早く帰れ=もてなしを無理して用意するのを遠回しに伝える」ならあるかも)
・現在の京都でお茶漬けを「ぶぶ漬け」と呼ぶ人間はほぼいない(1万人に1人いる?)
■教えて! 京都人に「ぶぶ漬け」を出された人はどれだけ実在する?より引用
https://anond.hatelabo.jp/20151105195326
「ぶぶ漬け」というのは上方落語の一演目のネタであって、ネタは「早く帰ってほしいから、あえてもてなす」ことを逆手に取ったネタ。
「早く帰ってほしい=ぶぶ漬けを出す」という習慣は京都にはありません。「早く帰って=もてなしを無理して用意するのを遠回しに伝える」ならあるかもですけど。
現在の京都でお茶漬けを「ぶぶ漬け」と呼ぶ人はほぼいないでしょうね。
唐津弁の裏と表?
唐津弁に裏と表は(たぶん)ないと思いますけど。イエス・ノーはっきり言うた方がいいと、ダンナから言われたことがありますので、裏表というのはないと思います?
極端な言い回しになりますが、
私ら京都人は何かをいただくとき(例えばどこぞのお土産とか)、遠慮して1~2回は遠慮して引きます。たとえそれが欲しかったとしてもすぐに下さいとは言いません。(お行儀悪いと思てます)
「そんな気ぃつこて貰て悪いし・・・」「そんな事言わんでもろて・・・」「そうですか~そんなに言うてもろて…ほな頂きます」とそんな感じのやり取りがあります。
他県の人からすれば、面倒くさッ!と思われるかも知れませんが、そうするのが普通やと思っていますし、勧められたモノがもし要らなかったとしても私は頂きます。
こちら(唐津)ではそんなやり取りは通用しません。遠慮して断ったら、すぐに引っ込められる。要るんやったらすぐに貰え、とダンナから言われました
唐津弁は理解できてもことばの感覚はわかりません
今だに「どっちなん?」と聞かないとわからん言葉があります。それは、「よかよか」という言葉。ダンナから「よかよか」といわれると、要るのか要らんのか?良いのか悪いのか?どっちなのか分かりません
例えば、「~しようか?」 と聞いたとき「よか」とか「よかよか」と言われます。「エッ?どっちの意味なん?」 して欲しいのかして要らんのかどっちなん?といっつも聞き返します。
私にしたらダンナの「よか」の言葉の使い方、感覚が分かりづらい。何年一緒に居てもこれは分かりません。ダンナの口下手もプラスして結構イラつきます(–)
まとめ
京都人は長い歴史において幾度も権力者が交代しました。その中で角は立てないけど、本音もチラリと見せるという、京都独特の会話術を培ってきたと言われています。
京都人の「本音と建前」を使い分ける、暮らしの知恵が今も残ってる。簡単に腹の内を見せたりせえへんから、腹黒いとか何考えてるのか分からんとかいわれるんやろなぁ、と思うけど、私ら京都生まれのモンにしたら普通やし^^;
京都人の本音と建前について
引用:京の 「ぶぶ漬け」(本音と建前)(情報処理)京都人のプライド
引用:「京都府民なら共感できる京都あるあるまとめ」
最後までお読み下さってありがとうございました。