唐津市民が誇る唐津くんちってどんな祭り?京都祇園祭となにか関係がある?

 

唐津市民が誇る唐津くんちは、2016年(平成27年)ユネスコ無形文化遺産保護条約「人類の無形文化遺産の代表的な一覧表」に「山・鉾・屋台行事」として登録されました。

唐津市民が誇る唐津くんちってどんな祭り?

 

唐津くんち

唐津くんちは、毎年「11月2日、11月3日、11月4日」の3日間、佐賀県唐津市で行われる、秋季例大祭です。

 

唐津くんちの曳山行事は、唐津神社の秋祭りで行われる行事で、唐津くんちに登場する14台の曳山は、各々14の町(内町と呼ばれている)がそれぞれの組織を通じて運営しています。

 

秋季例大祭は、元々旧暦9月29日を中心に行われていましたが、暦制の変更により新暦10月29日が中心となりました。

 

そして、昭和43(1968)年から11月3日が中心となり現在に至っています。

 

各町内の大人だけでなく、子どもたちも参加して山を曳きます。鐘や太鼓のお囃子とともに、「エンヤ~エンヤ~」や中には「ヨイサ~ヨイサ~」と町によってかけ声は違いますが、巨大な曳山(ひきやま)を曳きながら、唐津市内の旧城下を回ります。

 

 

「唐津くんち」の準備は1年中?

曳山を保有している町の人たちは曳山の修復など、次のおくんちに向けて、1年を通して準備します。10月になればお囃子の横笛の練習をする子どもたち。この頃になれば、唐津の町は唐津くんち一色になります。

 

祭りの公式行事

10月9日 初くんち……唐津神社の神前で各町の曳山囃子を奉納する。その後、各町で「おこもり」(実際には共同飲食)をする。これがその年のくんちの始まりを宣言することになる。各町の囃子の稽古が本格化し、町全体に俄然、「くんち」ムードが高まっていくのもこの頃からである。

10月29日 神輿飾りと唐津神祭本殿祭……御旅所神幸で巡行する唐津神社の神輿の飾りつけと、その年の豊作・商売繁盛を神前にて報告し、感謝する本殿祭が行われる。もともとは、この本殿祭が祭りの中心的な儀式である。

11月2日 宵曳山

11月3日 神幸祭(御旅所神幸)

11月4日 翌日祭(町廻り)

11月5日 神輿受取渡の儀(神輿仕舞い)……その年の神輿の当番町から翌年の当番町へ神輿を引き渡す儀式。翌年の当番町は神輿を神社内の倉に仕舞い、その次の年の当番町に引き渡すまで、その管理の任に就く。

出典: ウィキペディア(Wikipedia)

 

唐津くんちの3日間

● 11月2日 宵曳山(よいやま)

午後7時30分、火矢を合図に、たくさんの提灯で飾られた1番曳山「赤獅子」が市中心部の大手口を出発。

 

各町内で曳山が巡行に加わって行きます。笛・鐘・太鼓で奏でる曳山囃子(やまばやし)に乗せ、法被姿の若者や子どもたちが「エンヤー、エンヤー」「ヨイサー、ヨイサー」の掛け声とともに夜の町を回ります。

 

● 11月3日 神幸祭:御旅所神幸(おたびしょ・しんこう)

祭りの1番の見せどころの曳き込み・曳き出しが行われます。

 

午前9時半、御神輿がお旅所へと向かうのを曳山が先導・護衛しながら市内を巡行。午後12時に現在の御旅所がある砂地のグランドに1番曳山「赤獅子」を先頭に所定の位置に次々と曳き込まれます。

 

見どころは、重さが2トン以上もある曳山の車輪が砂地にめり込んだりしますが、それを曳き子達が所定の位置まで一生懸命に曳き込んでいきます。

(なおこの日は神事の為、赤獅子は頭の上に御幣を掲げ神幸路を清めながら進む。)

 

3日の神幸祭:御旅所神幸(おたびしょ・しんこう)が終わり、この日は曳山は各町内へ持ち帰られます。

 

● 11月4日 翌日祭:町廻り(まちまわり)

祭りの最終日。前日の御旅所神幸を終えた曳山は、各町内から再び唐津神社前に集合します。

 

午前10時30分、花火を合図に1番曳山「赤獅子」から順番に出発。2日の宵山と同じ市内東廻りのコースをゆっくりと進み、午後12時頃にJR唐津駅前に並べられます。

 

このときに観光客さんや唐津市民は、写真を撮ったりできるんです。お許しが出れば山に触ったりもできるようです。が、必ず各町内のお世話係さんに確認してくださいね

 

午後3時に唐津駅前の通りを出発して市内西廻りのコースを巡行し、最後に曳山展示場内に曳山が納められ唐津くんちの幕が閉じます。曳山が展示場へ納められるこの瞬間、号泣する曳き子もいます。

 

唐津市民が誇る唐津くんちを初めて見た時は衝撃的だった…

 

唐津で住むようになって、唐津くんちを初めて見た時は衝撃的でした。正直な気持ち「何なん?このお祭りは?酔っぱらいだらけで、曳き手の人は柄悪いし怒ったはるし」

 

と、唐津くんちはあんまりええ印象ではなかったです。唐津市民や観光客さんで溢れかえり、人混みは京都の祇園祭とおんなじですが、なんせ酒臭い!おっちゃんらが酔っ払って喧嘩してたり。

 

沿道で見学してたら、山曵いてる人に(こっちは、山ていいます)、「どけどけ!邪魔や!」て怒鳴られたり。

 

まぁ危ないから言うたはるとは思うけど、怒鳴らんでもええやんて思いました。当時は怖いというイメージが強かったです。(スンマセン…)

 

唐津くんちは、毎年11月2日~4日まであります。九州の秋祭りは「くんち」と名の付く祭りが多いですが、「長崎」「唐津」「博多」が有名。

 

「曳山(ひきやま)」という山車が出るパターンが多いですが、祭りによって異なるんです。

 

唐津くんちは、各町が保有する曳山14台が、街を練り走り、砂浜(今はグランド)の御旅所(おたびしょ)に奉納されるというお祭りです。

 

初日(2日)の宵山(夜間巡行)、中日(3日)の巡行と曳きこみ、最終日(4日)の街廻りが基本で、特に綺麗なのは一台一台ライトアップされた曳山が走る「宵山」です。

 

勇壮なのは御旅所(おたびしょ)に14基を並べて奉納していく「曳きこみ」で、「エンヤエンヤ」や「ヨイサヨイサ」の掛声が唐津の街に響きます。

※掛け声が違う町もありますし、女子が曳けないという町もあります。

 

唐津くんちは唐津っ子の憧れ?

唐津では曳山を保有している町を「内町(うちまち)」、保有していない町は「外町(そとまち)」になります。唐津っ子は、おくんち(唐津くんち)で曳山を曵くのを憧れている子が多いので、外町の子たちは伝手に頼って曳かせてもらいます。

 

京都から唐津に引っ越した所、うちの住所は外町に当たりますので、唐津くんちは見る側でしたが、仲良くなった「お隣さん」が曳山関係の人で、その人の口利きで、うちの子は曵山を曵かせてもらえたんです。娘が小4、息子が小1の時で子どもたちは大喜びでした!

 

子どもたちが曳かせて貰えたのは、11番曳山の、米屋町(こめやまち)の酒呑童子(しゅてんどうじ)と源頼光の兜です。

 

女子が曳山を曵くことが出来るのは、中3まで。男子は高校までで高校卒業後は、曳山を曵くためにはその町の会に入らんと曳かせて貰えません。

息子は仕事上、会には入りませんでしたので高校卒業と共に曳山を曵く事も卒業しました。

 

京都の祇園祭しか知らんかった私は、唐津くんちを最初見た時は、びっくりする事ばっかりでしたけど、いろんな人と出会えてたくさんお世話になって、うちの子どもらは良い経験をさせてもらいほんま感謝しています。

 

十一番 米屋町の酒呑童子と源頼光の兜

 

子どもたちが曳かせてもらった頼光(らいこう)です。ねっ顔が怖いでしょう(笑)

 

⇒唐津くんち14基の曳山はこちらです

唐津くんち見どころ

 

唐津市民が誇る唐津くんちの曳山のルーツは京都祇園祭?

 

最も古い刀町の曳山「赤獅子」の製作者石崎嘉兵衛さんが、お伊勢参りの帰りに京都に立ち寄った際に、京都祇園祭の山鉾を見物、それをヒントに赤獅子を制作したといわれます。

 

その後、各町で獅子、兜、鯛、飛龍などが作られ、曳山は今日14台を数えます。

 

ユネスコ無形文化遺産に登録されている、唐津の伝統的なお祭り「唐津くんち」は、他県から見に来られる人も多いです。毎年、東京や京都から来はるお客さんも居られます。

 

ちなみに唐津くんちで、音無美紀子さんのダンナさんの村井国夫さんを見かけた事があります。村井国夫さんて佐賀出身やなかったかな~?

 

まとめ ~唐津くんち曳山特別巡行開催!~

 

令和元年5月5日(日曜日・祝日)に、唐津くんち曳山特別巡行「祝賀奉曳(しゅくがほうびき)」が開催されました。

 

1番曳山の「赤獅子」が制作され200年と節目を迎えたこと、また改元を記念し、5月5日に特別巡行「祝賀奉曳(しゅくがほうびき)」で14台の曳山が本番と同じコースを巡行しました。

 

唐津市の人口は京都市伏見区の人口より少ないです。普段は静かという感じなんですが、この日唐津駅周辺は大勢の人で賑わっていました。おくんちさながらの光景でしたね。

 

息子を送って行くのに車を運転して唐津駅方面へ行ったんですが、渋滞にハマってしまい先へ進めない。普段なら10分~15分ほどで行けるのに倍以上の時間がかかってしまいました笑

 

最後までお読み下さってありがとうございました。

 

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